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「物理的な音」と「心理的な音」は別物

オーディオやるなら聴覚心理学も学ばないとね、というお話。

物理現象そのものを指す「物理的な音」。人間の知覚した感覚や感想を指す「心理的な音」。
これらは別物であり、混同してはいけません。
「音」について語る上で基本中の基本であることなので紹介します。


■「物理的な音」と「心理的な音」について

新しく説明を書くのが面倒なので、以前XBA-10の記事に頂いたコメントとそれに対する私の返答をコピペします。XBA-10とXBA-1に音の違いはあるか?という話題からの流れです。





最初にコメントした方とはまったくの別人ですが…
音に関して「事実」と「感想」を区別する意味はありません。
というより区別する術がないと言うか。

氏の主張する周波数特性、物理特性というのは要するにアウトプット側の分析です。
しかし、音はそれを処理するインプット側とセットでしか成立し得ない。
どちらか片方だけでは文字どおり片手落ちで、無意味なのです。
ところがインプット側を科学的に分析することは氏も認めておられる通り現状、不可能に近い。
なぜなら生物的な機能の差異にはじまり、加齢と共に変化する可聴域、それを処理する神経系や脳に到るまで、定量化も実測も不可能な項目ばかりが並び、しかもどれもが幅の大きな変数で成り立っているから。

加えて薬学の世界でプラセボ効果が認められている通り、視聴覚の世界でもその時の精神状態や集中度合いによって音の受容に違いが出てくるであろうことは容易に想像されます。
氏は科学的に思考されているようであって、というか科学的に思考したいあまりに、実はこうした「科学的に手が届かないが、無視したら破綻する領域」から意図的に目を背けておられるように感じます。

アウトプット側の定量的データなんて、機材と時間さえあれば簡単に集められるし分析もできるわけです。
真に重要なのは、氏が切り捨てている定量化が難しい「感想」「感覚」の領域となるデータをどう集めて、どう分析するか。
氏の「感想や感覚に意味はない」という姿勢はそこからの逃避ですが、それは価値感の一つとして許されるもではあれ、他人に押しつけるようなことではありません。

| ENDER | 2014/03/27 23:43



私の考えを誤解されていますね

ENDERさん

私は「感想や感覚に意味はない」などと考えてはいません。これは全くの誤解です。私は感覚や感想は極めて重要であると考えています。

ENDERさんの言うところの「インプット側」の特性については聴覚心理学、心理音響学という分野で研究されています。「物理的な音」と「心理的な音(感覚や感想)」を関連付ける分野です。私はド素人なりにこの分野の本も読み、いくつかは以前の記事で紹介もしています。
http://monoadc.blog64.fc2.com/blog-entry-83.html
http://monoadc.blog64.fc2.com/blog-entry-82.html
そして私のブログにしばしば「弁別閾」「検知できる/できない」「人間の聴覚で」といった類の用語が現れるのも「インプット側」も重要視しているが故です。

「感覚や感想」というのは、ENDERさんも仰る通り物理的な音波と比べて極めて複雑かつ分析が難しいものです。鼓膜に届く音波に一切変化がなくとも、その他の原因により「音が変わって聞こえる」ことは普段から当たり前に起きているわけです。私が強く否定するのは、「何らかの感覚や感想を抱いた原因を、全く根拠なく物理的な音波の違いによるものであると決めつける行為」です。オーディオマニアにしばしば見受けられるこのような行為を行う人こそ、「インプット側」の特性を無視している人に他ならないでしょう。



ここからは各項目についてお返事します。

ENDERさんがどの程度の知識をお持ちか分かりませんので、冗長になりますが説明を多めとしています。このコメントを読まれる第三者に説明する意図もあります。もしかすると釈迦に説法であるかもしれませんがご容赦下さい。


 > 最初にコメントした方とはまったくの別人ですが…
 > 音に関して「事実」と「感想」を区別する意味はありません。
 > というより区別する術がないと言うか。


大前提として、「音」という言葉は2つの異なる意味で使われることがあります。1つは物理現象そのものを指す「物理的な音」。もう1つは人間の感じた結果を指す「心理的な音」です。この2つを混同してはいけません。このことは聴覚心理学の教科書であれば真っ先に説明してあり、「音」について議論する上で基礎中の基礎と言える部分です。わざわざ私が言うまでもない常識であると考えて説明を怠っていたために混乱を招いたかもしれません。

さて、ENDERさんもご存じのように、「心理的な音」を変化させるのに必ずしも「物理的な音」を変化させる必要はありません。その他の要因、ENDERさんが言うところの「インプット側」によっても「心理的な音」が変化することはあります。そして、「心理的な音」の変化の原因が
A-1 評価対象が原因の「物理的な音」の変化によるもの 
A-2 評価対象以外が原因の「物理的な音」の変化によるもの 
B 「物理的な音」の変化によらないもの (「インプット側」によるもの)
のどれであるかはブラインドテストをしたり、「物理的な音」を測定したり、既知の弁別閾のデータと照らし合わせたりといった手法により判別することが可能です。(無論、弁別閾ギリギリの場合など判別が難しい場合もあります。)そしてXBA-10とXBA-1に音の違いがあるかという件では、私はXBA-10とXBA-1の機種差が人間の弁別閾を超える場合(A-1に相当)を指して「音に違いがあるという事実」としました。(ここはもう少し詳しく説明した方が分かりやすかったかもしれません。)

さて、これらを区別する意味はないのか?大いにあるでしょう。何らかの感想を抱いた原因がA-1であれば万人(無論難聴者などの例外はありますよ。念のため。)に同様の感想を呼び起こすことが期待できるのに対し、その他であればそうは言えないからです。



 > 氏の主張する周波数特性、物理特性というのは要するにアウトプット側の分析です。
 > しかし、音はそれを処理するインプット側とセットでしか成立し得ない。
 > どちらか片方だけでは文字どおり片手落ちで、無意味なのです。
 > ところがインプット側を科学的に分析することは氏も認めておられる通り現状、不可能に近い。
 > なぜなら生物的な機能の差異にはじまり、加齢と共に変化する可聴域、それを処理する神経系や脳に到るまで、定量化も実測も不可能な項目ばかりが並び、しかもどれもが幅の大きな変数で成り立っているから。


「不可能」と切り捨てられていますが、ENDERさんの言うところの「インプット側」を科学的に分析することは既になされています。先にも挙げた聴覚心理学、心理音響学という分野です。無論全てが詳細に分かっているというわけではありませんが、既知の知見もたくさんあります。例えば弁別閾(どの程度音が変化すれば違いが分かるか?)や最小可聴値、等ラウドネス曲線などは有名でしょう。(門外漢の私の見たところ、こういった「音の大きさ(ラウドネス)」「聞こえるか、聞こえないか」「聞き分けできるか、できないか」といった事項については実験に主観が入りこむ隙が少なく比較的容易なため既に明らかになっていることが多いようです。一方音色を評価するような実験は言語感覚の問題、好みの問題、変数が多いことなどが影響しより複雑であり、評価語の選定一つとっても難しく、なかなか普遍的な知見を得るのは難しいようです。)
他にも様々なデータがあり、少なくとも門外漢の私には到底カバーしきれない程度の知見は集積されているようです。

ENDERさんがどの程度の知識をお持ちの上で発言されているのかは分かりませんが、「自分の知らないこと」と「誰も知らないこと」を区別するのは非常に大事なことです。


 > 音はそれを処理するインプット側とセットでしか成立し得ない。


この「音」というのが「物理的な音」のことであれば誤りです。
「心理的な音」のことであればその通りでしょう。


 > どちらか片方だけでは文字どおり片手落ちで、無意味なのです。


オーディオ機器の評価についての話としてなら完全に同意します。聴覚心理学の知見があるからこそ、例えば0.01dBの周波数-音圧特性変化は無視できるだろうといった判断ができます。だからこそ前述したように、私のブログには「弁別閾」などの用語がたびたび現れるのです。



 > 加えて薬学の世界でプラセボ効果が認められている通り、視聴覚の世界でもその時の精神状態や集中度合いによって音の受容に違いが出てくるであろうことは容易に想像されます。
 > 氏は科学的に思考されているようであって、というか科学的に思考したいあまりに、実はこうした「科学的に手が届かないが、無視したら破綻する領域」から意図的に目を背けておられるように感じます。


前段は同意です。後段については、既に述べた通りENDERさんの誤解です。私がオーディオ機器の評価をするときには、自分の乏しい知識の範囲でではありますが、常に聴覚心理学の知見も考慮に入れているつもりです。そして自分の分からない範囲については分からないと言うようにしています。


 > アウトプット側の定量的データなんて、機材と時間さえあれば簡単に集められるし分析もできるわけです。
 > 真に重要なのは、氏が切り捨てている定量化が難しい「感想」「感覚」の領域となるデータをどう集めて、どう分析するか。


この点に関して、私もENDERさんと大体は同じ考えだと思います。
そして「心理的な音(感想や感覚)」のデータをどう集めて、どう分析するかという手法についても聴覚心理学、心理音響学の本に基本は載っています(無論全てを明らかにする方法ではありません)。

 「心理的な音(感想や感覚)」を分析するのは重要なことですが、それにはまず「物理的な音」のデータが必要です。しかしENDERさんが「簡単に集められる」と仰る「物理的な音」のデータすらなかなか見つからないことが多い。一例として、ヘッドホン端子の出力インピーダンスは測定が極めて容易かつ「物理的な音」への影響が大きく出やすい基礎的データですが、これすら皆なかなか測ってくれません。HP-A3などは随分前に出た機種で売れ行きも良さそうなのに未だに測定条件なども含めて示したサイトは見つかりません。(私が知らないだけなら良いのですが。)

 このような現状でアマチュアのオーディオ趣味者がやるべきことは「物理的な音」のデータを集積することだと私は考えます。現段階でも「物理的な音」から「心理的な音」を十分予測なケースも多いので、十分に役に立ちます。例えば人に「サ行が刺さる」という感想を抱かせやすいイヤホンはどれか?というのは周波数音圧特性、音圧とラウドネスの関係、フォルマントを見れば予測できることです。


 > 氏の「感想や感覚に意味はない」という姿勢はそこからの逃避ですが、それは価値感の一つとして許されるもではあれ、他人に押しつけるようなことではありません。


これは何度も書いている通り完全にENDERさんの誤解です。

繰り返しますが、私は人間の感想や感覚を非常に重視していますし、他人の「感想や感覚」を否定することはありません。私が強く否定するのは、何らかの「感覚や感想」を抱いたとき、その原因を分析・特定できていないにも関わらず○○の違いによるものであると決めつけるような言動です。



■まとめ

以上、説明でした。手短にまとめるなら、

なるべく科学的・論理的に考えましょう。
聴覚心理学も学びましょう。


ということです。


| 小ネタ | 20:41 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

定量化できるところは定量化しようぜ、ってのはわりと普通の思考だと思うんですけど、
特定のジャンルの場合、教義を侵された宗教家のような反応を示す人が出てくるから難儀なんですよね

| | 2014/06/07 23:32 | URL |

そうですね。自分の感覚と一致しないデータを示されると「自分が否定された!」と思い込み、勝手に憤慨してデータを敵視し、データの見方すら知らないのに根拠なく否定したがる人もいます。

客観的事実と自分の感覚は違って当然であり、区別して考えれば良いだけなのですが。

| adc | 2014/06/08 10:20 | URL |















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