RECDについて
シリコンチューブで測定した周波数特性を見る上では非常に重要です。
※2012/12/23 記事を新しく書き換えました。以前の記事はこちらに残してあります。
イヤホンの特性を測定するには人工耳(ear simulator、イヤーシミュレータ)が必要です。
※人工耳、疑似耳とは
イヤホンを校正するための装置。音圧を測定するための校正されたマイクロホンと,
ある周波数帯域内において全音響インピーダンスを正常な人間の耳に類似させた
音響カプラとからなる。日本聴覚医学会用語集
http://audiology-japan.jp/audi/?page_id=631より
Brüel & Kjær Impedance of Real and Artificial Ears
http://www.bksv.com/doc/bn0221.pdfより
イヤーシミュレータを使えばイヤホン使用時に
鼓膜位置(DRP: ear-drum reference point)に生じる音圧を測定することができます。
http://www.aco-japan.co.jp/products/sound/type2128/type2128.html
http://www.bksv.jp/Products/transducers/ear-simulators/ear-mouth-simulators/4157.aspx
http://www.gras.dk/00012/00058/00166/00173/
(関連する規格や勧告はIEC60318-4, IEC60711, ANSI S3.25, ITU-T P.57など)
ただ、人工耳は数十万円はするようで、趣味で買うにはなかなか勇気がいるものです。
そこで、趣味のDIY測定ではこれをシリコンチューブなどで代用する場合があります。
私が測定に用いているのもシリコンチューブカプラ(銅箔テープ巻)です。

このように単純なカプラを使用して測定する場合、問題になるのが、
実耳や人工耳との音響インピーダンス特性の違いにより
RECD(Real-Ear-to-Coupler Difference)が生じてしまうことです。
■RECD(Real-Ear-to-Coupler Difference)とは
![]()
"CORFIG and GIFROC: Real Ear to Coupler and Back."
Killion, Mead C. and Lawrence J. Revit.
http://www.etymotic.com/publications/erl-0091-1993.pdfより
この図に示されているように、
BA型イヤホンなど高音響インピーダンス発音体の特性を
2ccカプラやシリコンチューブカプラなど単純な筒状のカプラを使って測定すると
実耳や人工耳の場合と比べて700Hz以上の音圧が相対的に小さくなってしまいます。
この差をRECD(Real-Ear-to-Coupler Difference)といいます。
よって、シリコンチューブカプラを使って測定する場合、
RECDを補正しなければ実耳と同じ特性は得られません。
相対比較するだけならRECDを補正する必要はないのでは?と思うかもしれませんが、
RECDの大きさはイヤホンの音響インピーダンスによって変わり、
例えばD型とBA型では全く異なってくるので、
適切に補正ができなければ相対比較もできなくなります。
■RECD補正 - BA型イヤホンの場合
BA型レシーバは音響インピーダンスが高いため、
BA型イヤホンの測定をシリコンチューブで行うとRECDが発生します。
補正する上で気になるのが、機種ごとにRECDの大きさが異なるのではないか?
ということですが、これについてはknowles社に資料があり、
"Earphone pressure in ears and couplers"
R. M. Sachs and M. D. Burkhard, June, 1972
http://www.knowles.com/search/pdf/TR7.pdfより
幸い、BA型ではRECDの機種差は考えなくても良く、どれも同じように補正できそうです。
BA型レシーバの中で比較的音響インピーダンスが低いものであっても、
耳の入力音響インピーダンスに比べればずっと高いためだと考えられます。
私信(private communication)の部分を引用するのもどうかと思いましたが、厳密にいうと,人工耳特性から2ccカプラ特性を予測することが可能であり,逆もまた同様である.ただし,カプラや人工耳につながっているレシーバや導音管が,人工耳よりもはるかに高い音響インピーダンスをもつ場合だけである.幸いにも補聴器のレシーバは,人工耳よりも20~30dB高い出力インピーダンスをもっている(Olafson,私信).
Harvey Dillon, Hearing Aids (2001)
(補聴器ハンドブック(2004), 中川雅文訳, 医歯薬出版, p75) より
著者が専門家でまず間違いのない情報であろうこと、重要なポイントであることから引用させてもらいました。
ただしこれは挿入深度が同じ場合にのみ言えることであり、イヤホン測定における基本的な約束事としてReference Planeまで挿入して測定することになっているため、このようなことが言えるのです。ただし実際のイヤホンは必ずしもReference Plane相当の深さまで挿入できるとは限らず、挿入深度が異なればカプラの入力音響インピーダンスも異なってくるため、RECDを正確に補正するには挿入深度も考慮した補正が必要になります。
■RECD補正 – ダイナミック型(D型)イヤホンの場合
D型イヤホンは一般にBA型ほど音響インピーダンスが高くはなく、
BA型よりもRECDは小さくなります。
ここで、音響インピーダンスが D型 << 測定系 であれば、
RECDは全く発生せず補正は不要ということになりますが、
実際にはD型でも音響インピーダンスが無視できない程高い機種もあるようです。
例えばUE200ではウチ(シリコンチューブカプラ)とGoldenEars(GRAS RA0045)で
1kHz以上の盛り上がりが大きく異なり、いくらかのRECD補正が必要だと考えられます。

赤,橙が私のデータ(シリコンチューブで測定)、点線が生データ、実線が後掲の曲線で補正したデータ
水色,緑はGoldenEarsのデータ http://ko.goldenears.net/board/2186972より
BA型の場合、前述したように音響インピーダンスは 測定系 << BA型 なので、
RECDはどのイヤホンでも同じ大きさになり補正は容易でしたが、
D型のRECDは機種毎にどの程度の大きさになるか分からず、
BA型のように一律に補正するのは不可能です。
■まとめ
・実耳とカプラでの測定結果の違いをRECDという。
シリコンチューブなどを使って測定する場合、
実耳特性を得るにはRECDを適切に補正する必要がある。
・BA型をシリコンチューブで測定するとRECDが生じ、700Hz以上の音圧が低く出る。
BA型のRECDは機種によらずほぼ同じ大きさで、比較的容易に補正可能。
・D型をシリコンチューブで測定した場合のRECDは
BA型の場合よりは小さく、0よりは大きくなる。
D型ではRECDの大きさは機種毎に変わってしまうため、
BA型のように単一の補正曲線で補正することはできない。
つまり、D型で実耳特性を得るにはイヤーシミュレータを使うしかない。
・D型をシリコンチューブで測定した場合のRECDの大きさについては、
機種毎にシリコンチューブカプラと人工耳の両方を使って測定し、
データを比較すれば明らかになるが、
そのようなデータは今のところ見たことがない。残念。
人工耳を持っている人は最初からそちらで測定すればよいのだから、
シリコンチューブ測定やRECDについて気にする必要はないので、やらなくて当然かもしれないが。
内容積を変えた複数のシリコンチューブカプラで測定し計算すれば
高価な人工耳を使わずともD型の実耳特性を得ることは可能なはず。でも面倒くさすぎる。
■このブログのデータについて
・私のデータは全てシリコンチューブカプラで測定したものです。
・BA型イヤホンの周波数特性は測定した結果そのままの生データと、
独自のRECD補正用曲線で補正したRECD補正後データの両方を掲載しています。


・D型イヤホンの周波数特性は生データをそのまま掲載しています。
RECDの大きさが分からず補正が不可能だからです。
■参考リンク
日本音響学会 Q&A 136
ヘッドホン再生音の音圧はどのように測定するのでしょうか?
http://www.asj.gr.jp/qanda/answer/136.html
Electroacoustic Measurements of Headphones
http://www.cjs-labs.com/sitebuildercontent/sitebuilderfiles/HeadphoneMeasurements.pdf
Impredance of Real and Artificial Ears
http://www.bksv.com/doc/bn0221.pdf
Simulation of Couplers
http://www.aes.org/technical/documentDownloads.cfm?docID=177
Variables affecting the real ear to coupler difference
http://www.fileden.com/files/2009/4/10/2399038/MSc_thesis[1].pdf
模擬耳の概要
http://rinchoi.blogspot.jp/2010/05/blog-post.html (google翻訳版)
JEITA RC-8140A ヘッドホン及びイヤホン (Headphones and Earphones)
http://www.jeita.or.jp/japanese/standard/book/RC-8140A/
| 測定について | 22:09 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑
丁寧で分かり易い解説をありがとうございます。
少々確認をお願いしたいのですが、
1、RECDが機種毎にまちまちなD型イヤホンをカプラーで測定した周波数特性グラフは、BA型に比べ信頼性が劣り、安易に比較できない
2、RECD補正を行わない生データを比較する場合、音響インピーダンスが高い機種ほどグラフ上では相対的に低域寄り(実際にはもっと高域寄り)に見え、音響インピーダンスが低い機種ほどグラフ上では相対的に高域寄り(実際にはもっと低域寄り)に見える
という理解でよろしいでしょうか?
| yemo | 2014/05/30 19:15 | URL |